ブログ事始


ごあいさつ
 
 ロースクール入学後、初めての期末試験が先日終わった。期末試験なんぞというものを受けるのは大学時代以来だから、いったい何年ぶりになるのか?思うところあって法律の勉強を始めてまもなく三年。この道10年も珍しくない司法試験受験界にあって、私はまだまだ新参者。 

 だが、新参だろうが古参だろうが、2年後には同じ土俵で試験を受ける。「ワタシ、マダ、シンマイナンデス~」などど身をくねらせてはいられない。期末試験が済んだとて、「やったあ、夏休みだあ」と開放感に浸る暇などないのだ。
 
 とはいえ、寝ても醒めても、朝から晩まで、年がら年中勉強三昧では、身も心ももたない。そもそも、こんな勉強!?を始める前は、徒然の想いをエッセイにつづることに喜びを見出す日々であったはず。

 法律書(だけ)を読み、法律的文章(だけ)を書く毎日もそろそろ限界。気がつけば、近頃猫も杓子も老若男女も、ブログ、ブログ、ブログな日々。

 そこで私もブログ事始。
 心の景色を言葉に載せて、表現してみることにしました。
 通りすがりの方々にも、何がしかの想いが届きましたら、嬉しく存じます。

 なお、このブログ内の写真は、数年前、私がエッセイを書き始めた頃に、たまたま私の文章に目を留め、ファン第一号になってくださったMさんからのご提供によるものです。
 こころよく写真提供を承諾してくださったMさんに、この場を借りて御礼申し上げます。

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エッセイ  
『早朝』
 


 こどもの頃かかりつけだったK医院の待合室は、いつだって混んでいた。小学校のプレハブ校舎がたちまち手狭になった時代。町にはこどもたちが溢れ、放課後のK医院の駐輪場にも、所狭しとこどもたちの自転車がひしめいていた。
 その頃のわたしは自転車にさえ乗れない運動音痴で、本ばかり読んでいるこどもだった。そして、しょっちゅう咽喉を腫らしては、K医院で吸入してもらっていた。 消毒薬の匂いがたちこめる待合室。読み古された子ども向けの本が幾冊も置いてあり、長い待ち時間の間、わたしは擦り切れた本のページを繰って過ごした。
 「・・海の男たちが恐れる魔の三角地帯。凪いだ海から忽然と姿を消す貨物船・・・」
 摩訶不思議な話に目が釘付けになりながら、異界への入り口が今にもそこに現れ、わたしを吸い込んでいくような気がして、思わず身体がこわばった。
 小さな世界しか知らなかった頃、未知なる世界はいつも好奇心と恐れがないまぜだった。
 あの頃から幾星霜。人生の時を重ね、わたしは何を知ったのだろう。そして、これからどこに行こうとしているのだろう。
 波間に忽然と姿を消した貨物船の行く末に思いを馳せると、早朝の夏風が勢いよくわたしの身体を吹き抜けていった。
   



 


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                               エッセイ                                         『消えゆくもの』
                               


 所用があって、駅前商店街に出かけた。目的の店は10時開店だったので、商店街アーケード入り口についたとき、開店まで、まだ20分ほど時間があった。
 さて、この暑さのなか、どうやって時間をつぶそうか、と周囲を見回すと、古い時計店が目に入った。そういえば電池が切れたのであろう、数日前から腕時計が止まってしまっていたのを思い出した。
 携帯が時計代わりになるとはいえ、長年の癖で、時間を確かめようとつい左手首を見てしまい、そのたび毎に「ああ、そうだ、時計が止まってしまっていたのだった」と、いささかの不便を囲っていたこの数日間であった。
 
 「ごめんください」
 
 間口も奥行きもひどく狭苦しい店内だったが、「はい、いらっしゃいませ」と振り向いた店主の声は、あたたかく、少しほっとした。
 というのも、店に足を踏み入れたとたん、あまりにも古ぼけた店内の様子に、無愛想な老店主が、やたらと高い値段をふっかけてくるのではなかろうか、というおそれを抱いたからである。

 しまった!駅前に小奇麗な店がいくらでもあったはず。あっちにすればよかったかな?と一瞬思ったものの、店主の元気のよい「いらっしゃいませ」の声と、てきぱきとした身のこなしに、安心感を覚え、私は言葉を継いだ。

 「あのお、時計の電池が切れちゃったみたいなんですけど」
 「はい、すぐに。では、お預かりします」

 店主は、手馴れた手つきで時計を受け取ると、シャシャシャシャッと金属バンドにブラシがけをして埃を落とし、電池交換の作業を始めた。
 
 手持ち無沙汰を埋めようと狭い店内を見るともなく見ていると、レジのすぐ脇に貼られた『電池交換いたします』の張り紙が目に入った。
 もう20年も前からそこに貼ったままであるかのように擦り切れ、色あせた張り紙。
 店の奥から、店主の妻とおぼしき女性が出てくる。私と目が合うと、にっこりと会釈をし、曲がった腰をよっこらしょと伸ばすようにして、道路に面したショーウインドーにハタキがけを始めた。

 都心からそう遠くない、お洒落なショッピングの街として知られるこの街にも、こんな時代がかった古めかしい時計店が残っていたとは。
 
 小さな懐かしさが心のなかに広がり始めるのを感じていると、「はい、できました」の声。
 え?もうできたの?早いのね。

 「おいくらですか」
 「1300円です」

 なんだ、高くないじゃない。心配することなかったわ。
 昨年、やはり電池が切れたときに交換した店は「2回分で2000円のメイト価格での電池交換がお得ですよ」と2回分有効のパスを発行してくれたものだが、あれから転居してしまい、転居のどさくさで、パスもどこかにいってしまっていた。
 
 小奇麗な駅ビルのなかにある、しゃれた時計店の店員が、さも「お得」であるかのように言うので、すっかり口車にのってしまったが、なんのことはない。単に割高料金を支払っただけ。営業トークに騙された?わけだ。

 「暑いですね」

 財布からお金を取り出しながら私は言った。

 「いや~、昨日はちっと涼しいかと思ったら、今日はねえ」
 「私が子どものころ、東京はこんなに暑くなかったように思うんですけど」
 「そうですよ。昔は、やっぱり土がありましたもん。今は全部コンクリですからね」

 スーパーやドラッグストアやコンビニで大抵の用事が済んでしまう昨今、ふらりと入った店先で世間話をすることなど滅多になくなっていたが、店主のあいづちに誘われるように、私は言葉を続けた。
 ハタキがけをしていた店主の妻も、私たちの話にウンウンとうなずいている。

 「いまでも、○○公園に行くと木陰は全然違いますからね。」
 「そうですよね。私の記憶違いじゃないですよね。子どもの頃、東京が35度になるなんて、そう そう無かった気がするんです。甲子園見ながら、ああ関西はすごく暑いんだなあと思ったものですけど、今ではこっちの方が暑い気がします。」

 ホント、ホント、というように、店主の妻がうなずき、レジにお金を納めながら、「いや、ほんと、こんなに暑くなかったですよ。照り返しのせいでしょう」と店主が言う。

 「昔は、雨が降るとぬかるみ道ができましたよね。長靴はかないと歩けなかったものだけど。」
 「そう、すぐぬかるんじゃってね。今は雪だって、このへんじゃ長靴なんて、はかないでしょう。 雪かきする人ぐらいですよ。履いてるのは。あとは、クーラーとかね。照り返しやなにかで、ほんと暑くなりました」
 「ねえ、便利にはなりましたけどね、、、、」

 時計を受け取り、店を出ると、照り返しの日差しが目を射る眩しさだった。直してもらったばかりの時計を見ると、もうすぐ10時。世間話で、ちょうといい時間つぶしができたではないか。
 
 何を話したわけでもないのに、だが、私の心には小さな幸福感が広がっていった。時計の電池を入れ替えてもらう。代金、1300円を支払う。そして、そのとき、時計屋の店先で時候のあいさつを交わす。
 ただそれだけのことだったが、私は、平凡な暮らしを送ることの幸せをしみじみと感じながら、駅前アーケードを歩いた。

 あの店も、おそらく多くの昔ながらの店と同様、代替わりをすることなく、あの店主の代で店じまいとなるのであろう。
 駅前バス通り沿いの一等地にあることから、きっとすぐに、違うテナントが入ることになるのだろうが、そのときには、今日私が交わしたような時候の挨拶を交わすことはおそらくできまい。
 
 若者向けの洋服屋となるのか、小粋な雑貨屋となるのか、いずれにしても、カウンターにはバイトの若い子が立ち、「暑いですね」と声をかけても「そうですね」と返事があればいいほう。下手すると、は?と言う目で見られ、声をかけたことを後悔させられる無愛想な対応が返ってくるやもしれぬ。

 だが、それは、おそらく、彼らの責任ではない。彼らが育つ環境に何の配慮もせぬままに物質的な豊かさに重きをおいて生きてきた、私たちとそして私たちのすぐ上の世代の大人たちの責任であるのだ。

 昭和への郷愁が語られ、精神の貧困が叫ばれて久しいが、何を語り、叫んでみても、大きな時代の歯車を、個人の力で逆回転させることはおそらくできまい。
 だから、私は時代に逆らおうとは思わない。だが、私自身は時代に流されない生き方をしたいものだ、と願っている。

 こうして文章をつづるのも、流されずに生きるための私なりの方策。時代や世間をものさしにするのではなく、自分の心をものさしにして、生きていきたいと思っています。


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by law_school2006 | 2006-08-10 22:14
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