エッセイ『離婚相談』

d0085136_218179.jpg



 離婚相談を受けている。例の『女友達』のところの話である。
 妹と義弟と、両方の言い分が真っ向から対立し(って、対立するから離婚するんだが)間に入って、困惑している彼女の話をひとしきり聞いた。
 
 そして、お金に絡んで、いろいろ複雑な話もあるようだったので、とりあえず離婚話に突入する前に金銭の貸し借り問題を切り離して先に決着をつけておいたほうがいい、といったアドバイスをした。
 
 数日後、彼女からメールがきた。
 
 『先日はありがとう。ついては、義弟と話をしたよ。law_school2006(しまった!こんな長いハンドルにするんじゃなかった!)の話をちょっと出したんだ。そしたら、是非、一度話を聞いて欲しいっていうの。私じゃ聞けない話もあるし、時間あるかなあ?』
 
 なんといっても命の恩人である彼女の頼み。
 定期試験を控えて殺気立って勉強していた時期だったけれど(あの勢いは今いずこ?)まだ小さな子どももいることから、子どものために何か役に立てることがあれば、と思い、とりあえず話を聞くことにした。
 
 そして聞いたさまざまな話は、別段どうということはなかった。どうということはなかった、と言う意味は、こういうことで離婚するというのなら、日本全国全ての夫婦が離婚しなければならい、という程度の話しか聞けなかったからだ。
 
 だが、言うまでもないことだが、離婚したい夫婦が離婚するに至る理由は「相手と夫婦でいたくない」ということに尽きる。
 やれ、女だ借金だ暴力だ浪費だ性格(もしくは性)の不一致だ、といった理由を様々並べ立ててみても、女がいようと借金があろうと暴力を振るわれようと浪費があろうと性格(もしくは性)が不一致だろうと、夫婦を続けている夫婦は世の中に五万といる。
 
 理由は様々あれど、要するに「アンタ(もしくはオマエ)とはもう夫婦ではいられない」と思うか思わないかが、離婚するかしないかの決め手であろう。
 その意味では、彼女の妹夫婦の場合は、言い分は真っ向から対立してはいるが、お互い「もう夫婦ではいられない」という点においては意見が一致しているようだった。
 
 だが、こういう話は一方の話だけでは全体像は見えない。そこで、少し日を置いて、妹さんとも会い、話を聞いた。
 
 結果は、案の定というか、予想通りというか、当然のことというべきか、離婚秒読み段階になった夫婦というのは、こんなにも気持ちがすれ違うものか、とある意味感心するほどだった。

 二人はそれぞれの気持ち、想い、考えを私に語った。私は彼の言い分も彼女の言い分も同じように理解し、共感し、納得することができた。だが、私が理解し、共感し、納得したことを彼や彼女はそれぞれ、まったく理解も共感も納得もできない、ということもまた、私には理解できるのだった。

 なんとも複雑な気分だった。あまり上手い例えとは思えないが、いうなれば、私と彼はケルト語でしゃべり、私と彼女はタガログ語でしゃべり、ケルト語で語られた内容もタガログ語で語られた内容も、それぞれ同じ事を語っているのだが、ケルト語しか話さなくなった彼とタガログ語しか話さなくなった彼女は、お互いが全く違うことを言い合っていると思い込んでいて互いを理解することがまったくできなくなっているのだった。
 先日民放の某アナウンサーが離婚のインタビューで「話し合い以前に言語が違うというか・・」と述べていたが、まさにその通りなのだった。

 いかに子どもが小さいとはいえ、ここまで両者の気持ちがすれ違ってしまったからには、修復は困難だと感じた。

 修羅場の離婚を経験した友人にしてみると、女がいるわけでもなく暴力があるわけでもない夫に不満を募らせて離婚したい(と言い出したのは妹さんの方からだったので)と言い出す妹は「まったく、妹も融通がきかない」のだった。

 離婚話を最初に妹さんが切り出したとき、彼の反応は、せめて子どもがもう少し大きくなるまで待てないか、であったのだが、妹さんはとにかく嫌だの一点張り。
 待ったなしであったらしい。
 
 「あのさ~、そんなに嫌だと言い張ってるのって、妹さん、オトコいるんじゃないの?」
 「それがいないのよ~。むしろいた方が、我慢がきくわ。子どもはまだ小さいし、父親としては申し分ないんだから」

 それも、そうだ、と私は納得した。

 「外で発散できないものだから、全部不満が夫に向かっちゃうのよ。まったくそういうところ不器用で」

 う~ん、たしかにそうだが、かといって、妹さんに「オトコを作ってみたら我慢できるかも」なんてことをアドバイスできるわけがない。

 「でも、妹はオトコなんてできたら、そっちにど~っといっちゃうから、それも無理だし」

 そ、それも無理、、って、そんなことそもそも人様におおっぴらに薦められる話じゃないし・・・

 「あ~あ、どうしてもうちょっと、うまくやれないんだろう。何も今離婚しなくてもいいのに」

 はいはい、たしかにバツ二のお姉さまにしてみたら、離婚の大変さを身にしみて分かっておられるだけに、妹さんの離婚にはあくまで納得がいかないわけですね。
 でも、2度目の離婚の際、理由を尋ねた私に「やっぱり、最初から生理的にイヤだったのよね」とのたまい、「生理的に嫌な男の子どもを、よく産めるわね?」と私をどんぐり眼にさせたことを忘れてしまったわけではあるまい。

 人は常に合理的判断のもとに行動するとは限らない。
 子どもから「新しいパパが欲しい」とせがまれたとき、たまたまそこにいた「パパになってもいい」という生理的にはイヤな男のプロポーズに頷いてしまうことも、きっとあるかもしれないのだ。

 そして、結婚してから、え?こんなことするの?と気付く・・・ってそれはさすがに通らないよなあ、戦前の箱入り娘じゃあるまいし。

 そんなこんなの離婚話。
 今は具体的条件の調整でもめている。心情的にできるだけお金は渡したくない夫側。しかも「自分は何ひとつ悪いところはない」と胸張っているので、話がこじれる。

 夫婦の問題でどちらかが全面的に「悪い」ということはない。
 いかに、相手をののしり、非をあげつらってみても、そもそもそういうお相手を選んだのはどなた?という話になる。
 
 親の言いなりに泣く泣く結婚したわけじゃない。
 彼女の妹夫婦のところとて、「妹さんと結婚させてください」と彼がご両親に頭を下げ、「この人と結婚したい」と妹さんがご両親に紹介したわけだ。

 彼女は、まったく常識外れで、普通の判断ができないのです。
 今回も一方的に言うばかりで、私にはまったく理解不能です。

 彼も感情的になっているのだろうから、と最初は聞き流していたこの手の非難。
 だが、2度3度と重なると、思わず言い返したくもなってくる。

 「そういう彼女を伴侶に選んだご自分の、見る眼のなさを棚に上げるのは、いかがなものかと思うのですが」と。

 だが、クライアントに説教してもはじまらない。
 いかに紛争を円く収め、納得していただくかが腕の見せ所。
 
 ロースクールでは3年生になると、市民法律相談に陪席するクリニックという授業があるのだが、一足早く、自主学習の機会を頂戴しています。


コニカ パールⅢ ヘキサー75mm f3.5 T-MAX400
[PR]
by law_school2006 | 2006-08-18 21:14
<< エッセイ『幻の交差』 エッセイ『忘れな草』 >>