エッセイ『拝啓 セピア様』

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   まだ知り合って日も浅い貴方ですのに、こんな話をしてみたくなるなんて、いったいどういうわけなのでしょう。
 私はあなたの優しさに、何かを期待しているのでしょうか。
 小さな心のつぶやきを、今日は貴方に聞いて欲しくて、お便りを書くことにいたしました。

 梅雨もようやく明けた頃、気晴らしにでかけたその場所は、とても素敵な空間でした。
 優しさと強さと、光と影が、凝縮し、拡散し、さんざめき・・・私が愛してやまぬものたちがいっぱいの、小さな幸せの空間でした。
 初めて顔を知る人々。 でも、ずっと昔から知っていた気がする優しい人たち。 幸せをたくさん拾い、私は家路につきました。
 でも、人生って、皮肉です。夢の時間。顔と名がようやく一致した方が夢の余韻を語る物語をネットの小部屋につづり始めたとたん、その方の大事な人が、命にかかわる病の床に・・・
 言葉を記すことはなくとも、しばしば訪れていた、私のお気に入りだった小さなお部屋。その方が大事な人に寄せる想いをつづる言葉に、私は胸が痛くなりました。
 だから、せめて言葉をかけたく、私は言葉を打ち込みました。

 夢の空間、夢の時間、心の宝物を掘り返すお時間をいただき、どうもありがとうございました・・・
 そんな気持ちをその方に、私はお伝えしたかったのです。

 ナイヨウガオオスギマスノデ、840モジイジョウヘラシタアト、モウイチドオコナッテクダサイ
 
 コメント欄からはじかれる言葉。
 機械に心を拒絶されたようで、ちょっと哀しくなりましたけど、軽いおしゃべりが期待される場所に、重い心はそぐわないのだと、私はそっとページを閉じました。
 
 それでも、想いを届ける手立てはないものかと、この言葉をどうぞ届けてくださいましと、私はお人に言葉を託しました。直接の連絡手段を、私は持っていなかったからです。
 
 お返事を期待したわけではありません。見返りを期待したわけでもありません。
 それでも、届けた心が、確かに届いているのかどうか、それだけを確かめたくて、それから何度もお部屋をそっと訪れてみました。
 届いていれば、きっと何かが書いてあるはず。
 それとはっきり書かれてなくとも、確かに心を受け取ったと、きっと何かが記されているはず。
 
 でもね、セピアさん、それは私の一人相撲だったみたいです。
 私が届けようとした想いは、多分まるで見当違いの、頓珍漢なものだったのかもしれません。 それはきっと、気持ちの押し付けに過ぎない、私の自己満足だったのかもしれません。
 そして想い溢れて書いた言葉は、その方に不愉快と苛立ちさえも与えてしまったのかもしれません。
 
 言葉を託したお人に、勇気を出して、お尋ねしました。
 
 なにか、私宛の伝言は、なかったでしょうか
 いいえ、伝言は何も預かってはおりません


 言いにくそうに答える言葉に、同情といたわりを感じました。私が言葉を託したばかりに、そのお人のお心さえも、痛めさせてしまったようで、余計なことをしてしまった、と私は小さくなりました。

  もしかしたら、いろいろあれこれ忙しく、ちょっとうっかり言葉を棚に置いたまま、そのまま忘れてしまっただけの、ただそれだけのことだったのかもしれません。
 それでも小さな失望を、私は抱えてしまいました。
 なぜって、綴ったその想いが、私の心の一番深くて柔らかい場所にある、ひっそりと大切なものだったからです。
 無防備にさらした自分の心が、その方に分かっていただけなかったことが、私は少し寂しかったのです。
 
 ここに自分の心を綴り始めるようになって間もなく、思わぬことが起こりました。
 どうしていいか分からぬままに書き続けた言葉に、幾人もの方が目を留めてくださり、ときに言葉をかけてさえくれました。
 その遠慮がちな物言いに、あっけらかんとした励ましに、あるいは、静かな沈黙のなかにも、痛みに添おうとする、人の優しさを感じ続けました。
 
 心と心がそっと触れ合う。感性が交錯し、響き合う。
 人肌の温かさに包まれる心地よさに似た、やすらぎを覚えました。
 
 元ホスト・・・
 俗な好奇心にも誘われて訪れた貴方のページ。大人のベッドマナーを語る、その同じ口で語られる、ご自身が失った少年の日を惜しむ述懐に、思わず涙が溢れそうになりました。
 それは多分、私の心が今はとても敏感になっていて、ほんの少しの人の心の痛みにも、鋭く反応してしまうからなのでしょう。

 こんな心の状態ですもの。これ以上言わなくても、きっと貴方には分かってしまいますね。
 愛とも言えず、欲望とも言えず、心重ねあう言葉のいらない会話を、男と女は交わすことができること。
 言葉で伝ええない想いも、肉の確かさのなかに伝えうること。
 受け取ってもらえなかった、私の幼年の日の記憶を、貴方との寝物語に聞いてもらえたらと思っています。


 『届かなかった想い』

私の父方の田舎はI県M市
今では立派な駅ビルのM駅も 私が幼かった頃は
まだ木の屋根の平屋の駅舎だった

私は神奈川育ちだが ちょっとした事情があって
幼い日々をこの父方の田舎で過ごした

今ではすっかり都会になってしまったが
私が過ごした頃は あたり一面田んぼが広がり
眼の前には小川 裏はススキ原 

夏の旧盆には いとこたちと一緒に
祖母が畑で育てたきゅうりやとうもろこしやなすをもいで
いくつもの「馬」をつくった
迎え火を焚き 提灯を提げ
集落のはずれにかかる小さな橋のふもとまで
ご先祖様をお迎えに行った 

薪で風呂をたき 七輪でとうもろこしを焼くのは
いつも祖父の仕事であり
昼寝の後は いとこ達と井戸水で冷やしたスイカを食べた

夜になると線香花火
蚊帳を吊る祖母の手伝いをしながら聞いた
カランカランカランという蚊帳吊りの金具の音
40年たっても 軽やかな音が耳に残る

薄青色の蚊帳の中で いとこたちと布団を並べて眠りについた私
私たちが眠りにつくまで 祖母は団扇で私たちをゆっくりと扇いでくれた
だが 昼の畑仕事の疲れのせいだろう
祖母の方が先に寝入ってしまい
私はがっしりとした祖母の背中を見つめながら
いつかこの祖母もこの世からいなくなってしまうのかな
と幼い恐怖にかられたものだった

そんな幼い日々は すでに遠い
祖父母もそして父も今では彼岸の人

夏の日の早朝 祖母と手をつなぎ
村はずれの小川にかかる橋まで歩いて日の出をみたことも
せみの抜け殻を集めた鎮守の森も
霜柱の立つ庭をさくさくと踏みつけて遊んだ日々も
私の思い出のなかだけにしか存在しない風景となった

日本の高度成長期と重なるようにして
私の小学生時代 訪れるたびに変貌していった田舎の光景
そういう時代の熱気と喪失の哀しみを
肌感覚として知っている
私はその最後の世代に属するのかもしれない


写真展を見て そんな心の風景を久々に思い出しました
○○さんにこの文章を捧げます。

lawschool拝



追記)セピア様のモデルであられる、S様には、エッセイネタにさせていただくことについての、ご了承をいただいておりますこと、申し添えます。
   また、S様におかれましては、誘った覚えもない女の寝物語まで勝手に聞かされるはめになりましたこと、何卒ご容赦いただきたいと存じます。

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by law_school2006 | 2006-08-23 08:13
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