特別エッセイ『旅立つあなたへ』

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   あなたの遭難を告げるニュース画面を呆然とした思いで見つめた日から、2週間という時間がすぎました。
 生活圏を共有していたわけでも、しばしばの行き来をしていたわけでもないのに、この2週間、私は大きな喪失感に襲われて過ごしました。

  その喪失感を埋めたくて、いわば自分の心から逃げるようにもして、私はたくさんの言葉を書きながら、この2週間を過ごしました。
 何かをしていないと落ち着かなくて、でも何をすればいいのか分からなくて、ただ、心の赴くまま、想いの溢れるまま、私はキーを打ち続けました。
 
 あなたがあれほど切望し、希望し、期待し、待ち望んでくださった『lawさんの書くエッセイ』を、私はあなたがもうそれを読むことができなくなってからようやく、書き始めたのです。 
 
 「lawさんには是非、書くことをしてほしい」
 あなたの言葉に、私は笑って答えたものです。
 大丈夫です!それは老後の楽しみにとっておきますから、と。
 
 大学院に進学し、職を得る。人生の折り返し点に立ってからの私の決断に、あなたは心配げに言いましたよね。
 「lawさんの決意は素晴らしい。でも、あなたは書くべき人であり、書ける人なのだから、そのことに時間を割いてほしい。日々の忙しさに磨り減り、書くことができなくなることを私はおそれる」と。
 
 それは、もしかすると、書きたいものをたくさん持っていたあなた自身のジレンマの投影でもあったのでしょうか。
 
 私が綴る私自身の想いは、あなたの心の奥の懐かしい記憶をよびさますことが、きっと多かったのかもしれません。
 あなたが書き記す感想のひとことひとことは、まるで自分自身の心の揺れを反芻させられるような波動でもって、私の心に響いてきました。
 言葉にしない想いが、あなたと私を結んでいた。私はそう感じていました。
 
 「lawさんは、最近どんな本読んだ?」
 駅に向かう坂道を下りながら、あなたは私に尋ねたことがありましたね。
 法律の勉強を始めてから、法律書以外の本に目を通す余裕をなくしていましたが、これだけはどうしても読みたいと思い、その頃唯一読んだ本であった『本格小説』の名を私はあげました。
 とにかく読んでみてください。小説を読む、という醍醐味が味わえると思います、と。
 「ホント?じゃ、早速読んでみるわね」

 あなたは、キラリと目を輝かせると、あの明るい、天真爛漫な笑顔を浮かべ、ちょっと早口で、テキパキと答えました。
 何事にも常にそうであったように、行動力に溢れていたあなたは、あっという間に本を読み上げ、その後しばし、ご一緒させていただいていた文芸サークルのML(メーリングリスト)で「『本格小説』談議」が交わされましたっけ。

 そうそう、千住真理子さんのバイオリンコンサートでご一緒したこともありましたね。
 郊外の小ホールで開かれた、こじんまりとしたコンサート。
 
 「これ、うちの次女」
 あなたの隣でペコリと頭を下げたお嬢さんの、ミニスカートからすらりと伸びた若々しい足が私にはちょっぴり眩しかったです。
 
 あなたにも私にも、同じく若き日々があり、恋があり、悩みがあり、喜びがあり、迷いがあり、出会いと別れがあり、それはついこの間のものとして心の中に生きているのに、いつのまにかそれぞれの子どもたちがその若さを生きている・・・ 
 そんな時の流れをしみじみと感じる、そんな年齢に自分たちが達したこと。
 同じ場所に青春の記憶を共有する者同士が持つ連帯感を、私はあなたの書く文章に見出し、きっとあなたも同じものを私の文章に見てくださっていたのですね。

 こうやって、ひとつひとつ、あなたと過ごした場面を思い出していると、大事な宝物を、宝石箱からとりだして眺めているような気持ちになってきます。
 何気ない会話が、さりげない仕草が、鮮明に心に蘇ってきます。

 「lawさんのようにスパンと家庭に入っちゃうという潔い選択、なかなかできないわ。私は負けたって感じ。子育て終わってからだって、いくらでも社会に貢献できるわ。」
 仕事と育児を見事両立している人たちばかりの中で、仕事もせずに育児だけしている自分に心のどこかでいつもひけめを感じていた私を、あなたは少しも嫌味を感じさせない、そんな言い方で励ましてくれました。

 「ちょっと~、すごくかっこいいわ~。バリバリのキャリアウーマンって感じ」
 他に着るものがないので、しょうがなく着ていった黒のパンツスーツ姿の私を、そういって褒めて嬉しい気持ちにもさせてくれました。

 あなたを惜しむたくさんのたくさんの声は、そんなあなたの小さな何気ない優しさが周囲のみんなを幸せな気持ちにしてくれていたことの証です。

 そして、静かに深くあなたを悼むたくさんの気持ちをひしひしと感じつつ、こうやって、ここに言葉を綴ることに私は後ろめたさを覚えます。
 言葉が軽すぎて、言葉にすることが軽すぎて、沈黙こそが言葉にまさるときがあることを痛感するからです。

 それでも私は、今日という日、どうしてもここに言葉を書かなければなりません。言葉にして、そしてあなたにお伝えしなければなりません。

 きょうはあなたの「お別れの会」
 
 その会場に向かうことが、私はちょっとだけ怖いです。
 あなたの死を正面から認めなければならないことが、私は少し怖いのです。

 「やっだ~、なにヘンなこと言ってるのよ」

 そんな意気地のないことを呟く私の肩をポーンと叩くあなたの手を感じています。
 その手のひらのぬくもりを心に感じながら、精一杯の想いをこめて、あなたの旅立ちを見送りたいと思います。

 Kさん、あたたかな思い出をありがとうございました。
 あなたの想いを受け継いで、私たちはこれからの日々を生きていきます。
 どうぞいつまでも私たちを見守っていてください。                           

                   見送りの言葉に代えて S.N           


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by law_school2006 | 2006-08-26 11:51
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