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エッセイ『愛の言霊』

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 枕元の小さなバイブ音で目が覚めた。
 ねぼけ眼のまま手を伸ばすと、メール着信を知らせる光が点滅している。
 朝の定期便。これが日課になって、もうすぐ二年になる。

 おはよう・・

 短い一言だけでもつながりを感じられる一瞬。 返信を打ち始めた途端、再び携帯が振動した。
 
 え?電話?
 
 「もしもし・・・」

 慌てて、携帯を押し付けた耳元に、低い声が流れた。
 
 「やだ・・・びっくりするじゃない・・・」

 かつては、危険をおかしたこともあったが、この頃は、家にいるときは電話しないのが暗黙の了解になっていた。

 声を潜めて驚きの気持ちを告げると、笑いを含んだ声が答えた。
 
 「なかなか評判、いいじゃないか。今度はブルーにしたんだね」
 
 それだけを言いに電話を?
 声を聞いただけで、耳元から全身に、たちまち甘い痺れが広がっていく。
 
 「女の子はいくつになっても着せ替え遊びが好きなのよ・・」
 
 そう言ってから、少し間をおき、付け加えた。
 
 「あなたは、脱がすのだけがお好きでしょうけど・・・」

 向こうとこちらとで同時に声を出さずに笑った。
 二人だけに分かる、秘めた笑い・・・


 と、ここまで読むと、大方の人の頭には、およそ下記のような情報がインプットされると思われる。

 ①書き手の女性(と思われる)には、交際二年になる彼が
   いること
 ②書き手の女性には家族がいること
 ③女性と彼との間には肉体関係があること
 ④したがって、女性と彼はいわゆる不倫の関係であること

 そして、ちょっと注意深い人は、
 ⑤女性はそれなりの年齢であること
 ⑥彼は女性よりもあきらかに年上であること

 なんてあたりまで見当をつけてくるに違いない。

 さらに、ほとんどの人は、これは「私」(つまり今これを書いてるワタシのことでありますね)の独白であり、評判がいいのは、もちろんブログの話であると読み込むだろう。
 こまめに見てくださっている方は、スキンがグリーンからブルーに変わったこともご存知でしょうし。

 でも、これはよく考えると実は不思議です。
 文章のどこにも「私」という文字はなく、「交際している」とか「家族がいる」とかましてや「肉体関係がある」だの「不倫の関係である」などという言葉は、一文字だって書いてはいない。
 
 それでも、上記の文章を読めば、私だって、「もう、なによ~、朝っぱらかしっぽりしちゃってさ~。こんなことブログに書かないでよ~。刺激されちゃうじゃない~」とパソコンの前で身悶えして叫ぶに違いない。

 例によって、まったくもって長い前振りになってしまった。要するに私の言いたかったことはこうだ。

 『行間に語らせる文章を目指して、わたくしは日々修行しております。言霊を感じるような文章を、紡ぎたいと思っております。』

 お暇なかたは、①から⑥までのことがらが、上記文章のいかなる表現から帰結されたものか分析してみるなんていうのも、ご一興かと存じます。

 で、この観点からすると、まったくいただけないのが、以下のような文章。とあるブログからの抜粋。

 某月某日。これから、日時の調整がつかず延び延びになっていた商社マンとの不倫のために外出します。この結果は、明日書きますから期待してね。
 
 そして、翌日の日記

 待ち合わせの駅前に行くと、目印のスポーツ新聞を持った彼がすぐに見つかりました。
 その場でお互いを確認し近くのホテル街を目指した・・・
 一緒にシャワーを浴びながら、思わず彼のモノに口づけをしてしまった。
 私ってはしたない(笑)・・・
 
   : 
 途中省略
   :
 いつしか、硬直したペニスがとろけてしまいそうな 私のヴァギナに滑り込み、奥まで入っては入り口まで 戻るという反復運動を始めました。

 本番前の描写が実に平凡なのも気に喰わないが、いざ本番の描写にもまるで工夫がないのが、さらに気に喰わない。
 こんなあたりまえの物理的動作だけ書いて、いったいどうする?
 男と女がすることは、人類みな同じなんだから、いちいち書いてもらなくても分かるぜよ。

 もっともこれが、「スキンヘッドの彼の頭が」滑り込む、もしくは「鼻水が詰まった私の湿った鼻の穴に」滑り込む、というような稀有なご体験なのであれば、是非、詳しく描写してもらいたいところではあります。

 ちなみに上記引用の文章の出所は、男友達がネットをふらふらしていて見つけたブログ「人妻の出会い日記」副題「不倫の輝き」(すごいね。陳腐もここまでくればご立派!)
 彼の解説によれば、自分の不倫体験を書くと同時に相手を募集している日記風のブログだそうだ。
 私がこの手のお話大好きなのを知っていて、こんなのあったよ、でも、文章ひどい、キミが添削してあげてよ、とメールに貼り付けて送ってくれたものだ。
 
 彼のおかげで、今日もこうしてエッセイがひとつ書けました。
 持つべきものは好き者の友であります。



追記)早とちりの友へ: 『ブログ読んだよ。実はわたしにも・・・』とかいうような、リアクションに困る告白メールはくれぐれも送って寄越さないように。エッセイ『女友達』で書いたとおり、携帯は大の苦手。五年前に購入した私の超旧式携帯は、光りません。


RB68 SF150mm f4 ネオパン400
【光線の具合で撮る機会が無かったのですが、この日は近づいて撮れました。ソフトフォーカスレンズで柔らかく撮ってみましたが、次はどう撮れますか?】
by law_school2006 | 2006-08-31 08:45
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