エッセイ『冷光』

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 賑やかに騒ぐことは嫌いではないが、一人になりたい、と急に思うことがある。
 誰とも口をきかず、自分ひとりだけの時間に沈潜したい、と発作的に思うことが。
 
 それは、自分の行動を振り返って自己嫌悪に襲われたり、何気ないひとことに心が痛んでしまったり、単に勉強が進まないことへの苛立ちが原因であったりする。
 あるいは、原因すら思い当たらず、だが事実として誰とも話をしたくなくなり、バイオリズムの波がストンと下がるようにして、ブルーな感情に落ち込んでしまうのだ。

 だが、そういうときでも、こうして、文章なら書きたい、と思うのは、なぜなのだろう。
 ここに書けば、誰かが確実にこの文章を読むことを知っていて、それでも書くというのは、誰とも口をききたくないと言うことと矛盾するではないか。

 ひとりになりたい、でも誰かが読むことを期待して書く。
 多分私は、本当に「誰とも口をききたくない」のではないのだ。
 少しでも気をつかわなければならない「誰か」と口をききたくないだけなのであって、心を裸にできる「誰か」には自分の心を受け止めてもらいたい、分かってもらいたいと思っているのだ。

 そこに誰かがいることは分かっている。
 でも、その誰かに対して、気を使う必要はない。
 だから、ブルーな気分の私は、私の語りたいことだけを語り、誰かがそれを受け止めてくれたであろうことを想像し、そして、心の落ち着きどころを得るのだ。

 ブログを始めてから、かなりの数のブログを見て回った。
 興味を惹かれるブログに出会うと、自分の世界が少し広がるようで嬉しく、みんな、いろいろな場所でそれぞれの夢を追いかけて生きているのだなあ、と思う。

 幼い子どもの写真が満載のブログもあれば、心のもがきを叫ぶブログもある。
 おいしそうなスイーツの写真が並ぶブログもあれば、世界各地の風景が記録されたブログもある。
 山の見える部屋に引越しをしたこと、婦人科の検査で初めて内診台にあがったこと、ダイエットに挑戦中であること・・・ いろいろな人たちのさりげない日常の風景が、日記の言葉から鮮やかに浮かび上がる。

 「今日は、私の息子の19歳の誕生日。でも息子はそっけない。一人でケーキでも買ってこようかな。笑」と書くのは息子さんが6歳のときに離婚したCさん。
 「妹と一緒に、父の元愛人のところに乗り込みます」と威勢がいいのは、現代を生きるお洒落な女性オーラ満開のLさん。
 かつてアフリカに過ごし、今は中国で日本語の先生をしているJさん。
 シアトルで仕事&子育てをしているMさんは夫君がアメリカ人。したがって、生後6ヶ月の息子さんは、いわゆるハーフ。きゃあ、可愛い!

 リンク勝手に貼り付けさせていただいている女性写真家お2人は、今日もお元気そうだし、新妻Sさんは新しいカメラを手にしてご機嫌だ。切り取った青い空が高い。
 渋く、読書系ブログを運営する(多分すごく若い)Rさんは、いまどきのお若い方には珍しく「恋人」なんて言葉を使う。
 「かれし」(語尾上げる)という物言いにかねがね不満を抱いていた私は、おお、日本の若者もまだまだ捨てたものではない、と感動し、真夜中に思わずコメントを書いてしまったりする。
 
 いつぞや一晩中腕枕をしてもらった(と、いつのまにか寝物語が腕枕に進化してますが、似たようなものなので、OKですね)Sさんから写真アップしたので、のお誘いを受けて訪れてみると、異国情緒満点の五島列島の石造りの教会にマリア像。あらまあ、以心伝心。
 
 ふらついていて見つけたプロカメラマンの部屋には、路地裏にりりしく君臨する猫殿のお写真、そのお部屋から飛んだ先には、モノクロで撮影した沖縄の風景・・・
 と、あっちこっち寄り道してるうちに、誰とも口を聞きたくない、と沈み込んでいた心がいつのまにか柔らかく浮上してくる。
 そして、人間って温かいなあ、と人類愛めいたものを感じたりもする。

 昨日、久々に大学院に登校し、半日講義のDVDを聴いて過ごした。
 夏休みで人気の少ない大学院で、数時間延々とひとりで法律の講義を聞き続けていると、ああ、しんどい、という弱気な気持ちも湧いてくる。
 生半可な決意ではないつもりだけれど、それでも、逃げ出したい、と思うことも、ままあるのだ。
 自分の実力と、到達しなければならない場所との距離を思うと、ため息がでてしまう。  

 帰宅後、家の用事を片付け、夜再び机に向かった。
 カーテンを揺らす夜風はもうすっかり秋の涼しさで、静けさのなか、虫の音だけが小さな鈴を転がしたように響く。

 秋なんだ・・・

 幾層にも重なる思い出のカケラが心の奥からあふれ出しそうになるのを感じ、私はあわてて、読みかけの法律書に眼を落とした。

 この気持ちは明日、エッセイに書くことにしよう・・・
 だから、今は勉強に集中しよう、と自分に言い聞かせて。


ホースマンVH SA65mm f5.6 T-MAX400
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by law_school2006 | 2006-09-02 17:19
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