連載エッセイ『法律教室③』

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  よいこのみなさん こんにちは。みなさん、楽しい週末が過ごせましたか?
 無味乾燥な法律のお勉強に少しでも親近感を持ってもらおうと、週末タイムサービスで、画像公開をしたところ、素敵な殿方に口説かれて、週明け早々、Law先生はすっかり腰砕けになってます。

 あら、ごめんあそばせ。よいこのみなさんには、『腰砕け』なんて申し上げても、まだ意味が、お分かりになりませんわね。
 よろしいのよ。大人になったら、きっとお分かりになるわ。
 お~ほほほほほ(と手の甲を口元に当てて、マダムの高笑い)

 と、熟女キャラして遊んでないで、さっそく、今日のお勉強を始めましょう。

 ことばのお勉強の続きでしたね。
 どんな世界にも、その世界独特の言葉があります。
 先生が昔々お~えるというものをしていたとき、会社のなかでは「はんや」とか「すきっぷ」とか「すてべ」とかいう言葉が日常的に飛び交っていました。

 これらの単語を聞いて、すぐに意味が分かる人は、貿易、船会社、商社、港湾関係など、船による貨物輸送にかかわっていたことがある人でしょう。
 ちなみに先生のおつとめしていた会社は、夕方になると、会社の最上階にある社員食堂で夏場はビールをあおってから、下のオフィスに戻り、残業(代稼ぎ)にいそしむという、すこぶる居心地のいい会社でしたが、せちがらい世の中で、そのような良き慣行が今も残っているのかどうか、定かではありません。

 で、法律のお勉強の世界にも、独特の言葉があります。
 まもなく消えてなくなる今までの司法試験(法務省による正式な呼び名は『旧司法試験』。もう、この試験は、滅びゆく古い制度なのだよ、だから、古い制度にしがみついてないで、よいこのみんなは「ろおすくうる」に行って、新しい試験を受けるんだよ、という担当者の黙示の意思(と言う言葉も法律ではしょっちゅう使います~)がひしひしと伝わってまいります)をめぐっても、いくつも独特の言葉が存在します。

 Law先生は、今を去ることちょうど三年前、突如「そうだ!弁護士になろう!!」と決意。
 いわゆる「司法試験予備校」の通信講座で、在宅(予備校に通わないこと)でお勉強を始めました。
 で、すぐに気付いたのは、司法試験を受けるには、まずは「司法試験『受験界』」なる世界に足を踏み入れる無謀な覚悟が必要なのだ、ということでした。

 つまりですね、魔界、霊界、大殺界、司法試験受験界。
 まともなよいこは、うかつに足を踏み入れてはイケナイ世界だった、ということです。

 最近は、『合理的な予備校プログラム+要領のよさ(そして多分頭のよさも)+怖いもの知らずの若さの力』で、大学三年生で合格!なんていうヒトがいたりして、予備校の宣伝ポスターで「あなたもはじめてみませんか」とにっこり笑っていたりしますが、そういうのは、実に一握りであって、いざ勉強を始めてみると、そうそう簡単な話じゃない、ということが分かります。

 簡単じゃないことを示す一例としてLaw先生が示したいのが、「最終合格者」という言葉。
 旧司法試験は、学歴、年齢などに関係なく、一定の条件を満たせば、誰でも受験ができますが、毎年5月に「択一式試験」というマークシート60問の試験があり、それに合格した人が7月に「論文試験」という記述式の試験にすすみ、それに合格した人が10月に「口述試験」を受けて、それに合格すると、晴れて「司法試験合格者」となります。

 つまり、択一に受かると「択一合格者」、論文に受かると「論文合格者」そして、口述まで受かると晴れて「最終合格者」となれるわけです。
 しかも、5月に択一に受かったとしても、その年の7月の論文に落ちれば、翌年は、また択一から受けなおし。
 「択一合格者」の資格を翌年に繰り越すことはできないのです。

 そしてこの択一試験というのが、ボーダーライン近辺には数千人がひしめくという熾烈な試験なので、数年をかけて着実に力をつけて、毎年択一に合格し、いよいよ今年こそは論文も突破!という意気込みの受験生であっても、一瞬の油断で、足切りをくらわされたりするのですね。

 しからば、すなわち、司法試験受験界には、「択一合格」しながらも、「論文合格」していない受験生が、わんさと存在していて、択一合格回数二桁という方も、そんなに珍しくはないのです。

 ですから、3段階の試験を無事通過して「最終合格」を果たすのは、並大抵のことではなく、何回も「択一合格」しながらも「論文合格」に至らない受験生を、司法試験受験界では「実力者」と呼び習わします。

 そして、予備校の講義では、次のようなフレーズをしばしば耳にすることになります。
 いわく、「実力者の方でも、こういうところで足元を救われるので気をつけてください」
 いわく、「実力者であっても、案外、知らなかったりします」

 「先生!でも、足元をすくわれたり、知らなかったりするのは、実力がないからなんじゃないですかあ?」

 だまらっしゃい!
 他人の傷に塩を塗るような発言は厳に慎むように!!

 そういうことは、実際に勉強してみれば、うかつに口にできないことがわかります。
 人の痛みを知ることは、法律家としてまず最初に身につけなければいけない「法曹倫理」ですからね。
 よいこのみなさんは、人の痛みに、どうぞ敏感であるよ~に。

 で、ふたたび「最終合格者」のおはなし。
 よいこのみなさんは、「最終合格者」になるのがいかに難しいか、だいぶわかってきましたね。
 だから「最終合格者」という言葉のもつ重みもよ~く理解できたことと思います。

 でもね、Law先生が、予備校のオープンスクールに合格体験談を聞きにいったとき

 「平成○年度、『最終合格者』○山×子です。あ~たら、こ~たら」
 「平成○年度、『最終合格者』凹川凸夫です。ど~たら、こ~たら」
 「平成○年度、『最終合格者』☆木△太です。なんたら、かんたら」

 と、『最終合格者』にひときわ力の入った、合格者のプロフィール紹介が続くと、先生の耳には、『最終合格者』が、しだいに『最終解脱者』に聞こえ始め、合格者の身体が空中に浮揚するかのような錯覚(という話の意味がまったく読めないお若い人、いたりします??)にとらわれたのでした。

 まあ、一種狂信めいた信念がないと、やっていけない世界、という意味では、一脈通じるものがあるのかもしれませんね!

 では、今日はここまで。
 さようなら。


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by law_school2006 | 2006-09-11 21:16
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