エッセイ『心もよう』

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 井上陽水の歌の話ではない。
 だが、まんざら関係がなくもない。
 なぜなら、実は「髪」にまつわるエッセイを書きたいとずっと思っていて、私の連想ゲームでは『髪→美容院→ニューヨーク恋物語→リバーサイドホテル(陽水の名曲!)』と繋がっていて、でも、なかなか書く時間が見つからないうちに、別の書きたいことが出てきてしまい、髪とリバーサイドホテルにまつわるエッセイは、とりあえず後回しにすることにして、別のことを書くために、同じ陽水の名曲「心もよう」のタイトルを拝借したからだ。
 (一文が長い!と論文試験の答案の添削であれば、言われるところだが、これはエッセイなので気にしない)

 このところ、さまざまに多忙であり、書く時間がとれなかった。後期の授業が始まり、課題に追われていたし、忙しいことは常に重なるというマーフィーの法則(があったかどうか知らないが)の通り、身体が二つ欲しいような数週間だった。

 そんななか、明日までに片付けねばならぬ課題の三分の一ほどに目処がついたので(あと三分の二はどうするつもりよっ!もう真夜中よ!)久しぶりに、今夜はエッセイなど書いてみようと思います。

 先月の下旬、今年LSを卒業した第一期生が受験した新司法試験の結果が出て、私の通うLSからも二桁の合格者を輩出したことは、すでに書いた。
 LSは、3階建ての法科大学院棟に、教室、ゼミ室、自習室、教員研究室、図書室、模擬法廷、院生ラウンジ、事務室などがまとまっていて、24時間常に使用できる(24時間勉強しろ、ということでしょか。すごいですね)状態に保たれているのだが、先日、その院生ラウンジを開放して、合格者祝賀会(要するに飲み食いする会ですが)が開かれた。

 いかに少人数のLSとはいえ、在校生と卒業生、結構な数の教員。それに普段は顔を見たこともない、なにやら偉そうな大学の関係者などなど。そう広くもない院生ラウンジはたちまち人で一杯になった。

 「乾杯の音頭の前の挨拶ほど野暮なものはありませんので直ぐに乾杯いたします」と言いつつ、「このたびは・・・」と始まったこれはやはり「乾杯の音頭の前の挨拶」というものなのではなかろうか、という名誉理事の乾杯の音頭で、まったく冷えていないビールで乾杯したあと、それなりに分量は豊富な食べ物(LS開校時パーティーのときの豪華さを知っている先輩諸氏のお話によると、料理の質は較べるべくもないらしいが)を突きつつ、和やかに賑やかに祝賀会は始まったのでありました。

 人波を縫って、めぼしをつけた合格者の人に擦り寄って話を聞いたり、民事系の実務家先生のトロンボーン演奏に耳を塞いだり、じゃなくて、傾けたり、自習室仲間と、中華ちまきをパクつきながら、とりとめもない話に花を咲かせるうちに、最初は満員状態だった院生ラウンジも、次第に人が減ってゆき、この喰い散らかしは一体誰が片付けるのか?と疑問を感じた山ほどの食べ残しも、いつしか数枚の皿の上に収斂し、「冷蔵庫に入れておけば、明日、誰かが来て食べます」というところに落ち着いたのだった。

 自転車で帰宅できる私は、終電を気にしなくてよかったので、深夜までダラダラと居残っていたのだが、おしゃべりに打ち興じながら、私は、自分がそれなりに大人になったことを感じ、ちょっとした感慨を覚えた。
 というのも、かつて、自分も持て余していた覚えがある若さの尖りや焦りを、若い学生たちの姿に感じ、ひどく懐かしいものを見る眼で、それを見ている自分に気付いたからだ。
 そして、それは懐かしさと同時に、かすかな羨望も感じる感慨なのであった。

 私の通うLSは社会人が多いとはいえ、もちろん大学を出たばかりの学生もたくさんいる。学卒ホヤホヤの彼らは23,4歳だから、私の子ども世代といっていい。
 だが、LSの教室で勉強しているときは、不思議なことに私は彼らの(そして自分の)年齢を意識することが、ほとんどない。
 
 学部から通算すればすでに6,7年がところは法律学の勉強をしている彼らに対して、私はいまだ3年ほどの勉強しかしていないから、どう考えても、私の方が後輩だ。
 世代的には、私はむしろ教員の側に近いわけだが、私は、あくまでもLSの学生であり、ともに学ぶ仲間は、はるか年下であっても対等な同級生であり、先輩たる上級生であるのだ。
 だから、ときどき、年配の社会人学生が、足を組み、腕を組み、ふんぞりかえって、先生の質問に答えている姿を見ると、「何か勘違いしてませんか」と内心でつぶやいてしまったりする。

 実会社ではそこそこの地位にあって、いわば世慣れているのだろうけれど、教室のなかではあくまでも一学生。
 もっと謙虚な姿勢で学ぶことが大事なのじゃないかなあ、な~んてね。

 昔外国で暮らしていた頃、日系のスーパーのレジで、言葉の通じない現地のレジ係の若い女の子相手に、ひどく尊大な態度で接していた日本の会社員を見かけたけれど、そのときと同じ失望感を、わたしは密かに抱いたりする。
 若さを失う分だけ、人間としての品格を手にいれなければ、年を重ねることは、ただ、醜さだけを身にまとうことになりかねない。
 「あなたに足りないものはセンスです」とか言うキャッチコピーに踊らされ、イタリア人モデルが表紙になってる雑誌を買ってる段階で、すでにまったくセンスがない、と私は思ったりするのだが、センスと知性と品格のある成熟した大人になることを、もっと日本の男は考えて暮らしたほうがいい。
 もちろん、女も、だけど。

 そんななか、ときどき授業で一緒になるK君が、普段なかなか話す機会がないから、と話しかけてきた。
 自分は未修者で劣等感があるから、たくさん授業をとって、一生懸命頑張るのだ、と語る彼の話を聞きながら、私はちょっとばかり感動してしまった。
 教室での「同級生」という立場を離れてみると、私からみる彼は眩しいほどに若い。
 だが、大学4年になったとき、自分が一体何をすればいいのか分からず、世の中にどんな仕事があるのかも知らず、世の中のことが何一つ分かっていないことに愕然とし、だから考える時間が欲しくて一年留年して、そしてLSに進学したという彼の話を聞きながら、私は、同じように迷いの中にいた頃の自分を鮮やかに思い出していた。

 若さを生きるということは、何にでもなれる可能性を追いながら、いまだ何にもなっていない不安を抱いて生きることだ。

 その時期をすぎてしまった者から見ると、それはひどく贅沢な悩みに見えたりもする。
 だが、私はあの頃の不安といらだちを忘れてはいない。
 希望と裏腹の、漠然とした人生へのおそれを抱いて生きた日々を忘れてはいない。

 自分の人生、いまだ何一つ確かなものを手にしていなかったあの頃と比べれば、今の私は随分とたくさんの人生の果実を手にしている。
 そして、その果実は、間違いなく今の私に心の平穏をもたらしてくれている。
 だから、彼らの若さに羨望を感じながらも、もう一度あの時代に戻りたいかと尋ねられれば、私は静かに首を横に振るだろう。

 あの頃、私はよく空を見上げては、流れる雲に不安な自分の心象風景を重ねた。
 そういう風にして生きた頃の自分を、そして、その頃の自分と同じ若さを生きる者たちを、優しい眼で見ることができるようになったことが嬉しくて、私はぽかぽかする心を抱いて家路についた。
 そして、こんな風に人の心を暖かくさせる、若い人のひたむきさは、やはり素晴らしいなあ、としみじみと思うのだった。


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by law_school2006 | 2006-10-10 02:13
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