エッセイ『道玄坂散策』

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 数年前のこと。 私は思い立って、渋谷の道玄坂ホテル街を歩いてみることにした。
 何がしかの思い出をそこに辿ろうとしたわけではない。
  実はまったくその逆。
 学生時代、渋谷は地元の町であったにも関わらず、名高い道玄坂ホテル街に、私はただの一度も足を踏み入れたことがなく、その後の人生においても、さっぱりご縁がなかった。
 
 井の頭線渋谷駅から神泉駅にかけて、その手の施設が密集していることは知っていたが、残念なことに、誰も私を連れて行ってくれなかったのだ。
 
 連れて行ってもらえないなら、自分で行ってみるしかない。
 普段足を運ばないような場所に行ってみると、意外な発見をすることがある。
 怪しげなところにやたらと足を踏み入れるのは危ないが、渋谷のホテル街を散策したとて、別に危ない目に会うこともなかろう。

 そこで、ちょっとした所用があって出かけた渋谷の街、用事が済み、ひとりコーヒーを飲みながら、さて、これからどうしようかと思っていた私は、時間つぶしに道玄坂散策をしてみることにした。
 その頃の私はまだ法律の勉強を始めていなかったから、今よりも時間的に余裕のある日々を過ごしていたのだ。 
 
 だが、行ったことのないホテル街。どこをどう行けばたどり着くのか分からない。
 「ホテル街はどこですか」なんて、道行く人に聞けるわけもない。
 もっとも、そういう場所は表通りを一歩入ったところにあるのが、およその相場だから、賑やかに店が立ち並ぶこの坂のどこかを曲がれば、きっとたどりつけるに違いない。

 ・・・ということで、ある路地をひょいと入ったら、いきなりホテル街のど真ん中に出た。
 あまりのあっけなさに、ちょっと驚く。
 賑やかに人が行き交う目抜き通り沿いのファミレス脇の横の道をほんのちょっと上っただけで、いきなり出現したホテル街。
 空気が急に変わり、周囲にはラブホテル以外の建物がひとつも見えない。
 平日の昼前。
 明るい昼の光のなか、狭い路地の両脇に、びっしりとラブホテルが並んでいる。

 この時間、路地を歩く人は少ない。
 もっとも、ここは散策目的で訪れる場所ではないだろうから、どの時間帯でも、路地を歩く人はそう多くはないのだろう。

 こういう場所にひとりで足を踏み入れたのは初めてだったから(じゃあ、ひとりじゃなければ足を踏み入れたことがあるのね、とここは突込みが入るところでありましょう)、私は面白くてキョロキョロと辺りを見回しながら歩いた。

 人通りが少ないとはいえ、ちらほらとカップルの姿が見える。 そして、この路地は周辺住民の生活道路でもあるのだろう。
 買い物カートを押しながら、腰の曲がった老女がひとり、ゆっくりと坂道を下りていく。
 ご休憩、ご宿泊の表示が並ぶ道を、もつれ合って歩くカップルのすぐ横を、覚束ない足取りで老女が買い物カートを押してすれ違う光景は、写真の被写体としては、なかなか面白そうだ。
 場所柄か、料金表示には「学割」の表示も多い。
 そして、実際、まだ10代半ばではないかと思われるカップルが、向こうから腕組んで歩いてくる。

 え?あんな子どもがスルの?

 思わず親の視線になる。

 車も通れないような細い路地を抜けると、ちょっと広い道に出た。出たところも全部周囲はホテル。
 電気工事の車が、レモン色をした小城のような建物の前に止まって、作業員が数名、電柱の上で作業をしている。
 どこに向かうという当てもなく、林立するホテルの間をそぞろ歩く私に、作業員のひとりがぶしつけな視線を投げて寄越す。
 もっともそう思ったのは私の自意識過剰であって、作業員に他意はなかったのかもしれない。
 だが、右も左も前も後ろもホテルが密集する袋小路のような場所。ひとり迷い込んだ無防備な女が、数人の作業員風の男たちに取り囲まれ、そのまま連れ込まれる、なんていうのは、実にありがちなシチュエーションではないか。
 ものの見事にホテルだけが立ち並ぶ場所を歩きながら、私の妄想は次々に膨らみ、AVのロケハン(AV撮影はロケハンってするのでしょうか?)をしている監督の気分になってくる。

 坂を上りきったところを右に曲がるとゆるやかな下り坂に出たが、そこもまた両側はホテル。 
 見通しがよくなり、袋小路を歩く息苦しさからちょっと解放された気がしたと思ったら、鼻先にいきなり人が出てきて、ぶつかりそうになった。
 ホテルの出入り口のところに目隠し風の壁があり、周囲から見えにくくなっていたので、キョロキョロしながら道の端を歩いていた私が、そこがホテルの出口だということに気付かず、建物から出てきた二人連れの背中にぶつかりそうになったのだ。

 私はあわてて足を止めたが、建物から出てきたばかりの二人連れを、図らずも、至近距離から観察することになった。
 というのも、この二人連れ、男性はラフな服装の、まだ、男の子といったほうがぴったりの若い学生風で、女性はロングヘアーの巻き髪、ハイヒールのお洒落な丸の内OL風。
 このカップルが普通に街を歩いていたならば、ちょっとミスマッチングなカップルだなあ、と思うだけで済んだであろうが、こういう場所で、こういうシチュエーションで遭遇するとなると、どんなに想像力が乏しい人間でも、目の前の2人が、今しがたそこのホテルの部屋の中で繰り広げたのであろう光景が目前に浮かび、ミスマッチングは逆に淫靡さをかきたてる素材となる。

 きれいに整えた髪とメークで、服装にも隙が見られない女性に比べると、若い男の子の方は、ぼおっと赤く上気した顔といい、気だるそうな表情といい、色褪せたシャツにブルゾンといい、この女性にすっかり精気を抜かれたのか?と思いたくなるような惚けぶり。
 建物を出るなり、名残惜しげに女性に手を絡めて歩き出したところなんぞ、若い男の子のいじまし気な様子が見て取れる。

 女性はそんな彼に素直に手を取られていたけれど、それはそれ、これはこれ、とばかりに背筋をピンと伸ばして歩いていく。
 二人の後ろ姿を眺めつつ、私の妄想はいやが上にも掻きたてられる。
 ちょうどお昼前。
 この女性は、これから会社にご出勤なのだろうか?
 そして、男性は、このままバイトにでも行くのか、それともアパートに帰って、惰眠をむさぼるのだろうか?

 そうかと思えば、ふたたび入った狭い路地では、背広姿にビジネスバックの中年男性が、足早に建物から出てくるところに遭遇する。
 しばらくそこで観察していたが、一向に女性が出てくる気配がない。
 それどころか、居並ぶホテルの違う出口から、またもや背広姿にビジネスバックの中年男性が一人で出てきたりする。
 今度もまた、なぜか女性の姿が見えない。
 すると、次には、また別のホテルの出口から、熟女とはまさしくこういう女性を言うに違いない、という女性が出てくる。
 派手なブラウスにタイトなスカート。
 見るからに織の高級そうな生地のジャケットを羽織っている。
 濃い目のメーク。近くに寄ったら、香水の匂いが、きつく漂うに違いない。
 年の頃は、40代後半から50代。ジャケット越しにも分かる大きな胸と肉付きのいい腰回り。
 おそらく、ボディースーツとガードルで全身きりきり締め上げているに違いない。
 「崩れかけた豊満な肉体」という形容詞がいかにもぴったり。
 服を着てても、着てない姿態がくっきりと想像できるタイプだ。

 ホテルの出口で立ち止まり、手に持った(おそらく)シャネルのバックの中身をなにやら確認していたが、こちらは、すぐ後から、連れの男性が出てきた。
 見て、思わず、心のなかで笑った。
 女性の身体の幅の半分もないのではないか、と思うほどに肩の薄い、貧相な男性。背も低く、頭髪も薄い。
 自信たっぷり、艶やかな表情を浮かべるゴージャス感漂う女性と、万年平課長といった地味な背広姿の、影薄く、疲れた表情を張り付かせている男性。
 なんだか、妙にチグハグではあるけれど、俗にハゲている男性は精力が強いと言うし、地味な背広は、どうせ脱いでしまうのだから、何の問題もないのだろう。
 この男女もまた、さきほどのミスマッチングカップルと同様、こういう場所ならではの組み合わせなのかもしれない。

 後日のために、メモ帳片手に観察を続ける私だったが(だから今、こんなに詳しく書けるのです)次から次と、ほやほやの人たちを見ているうちに、さすがに妙な気分になってきた。
 そして、こんなところで一人他人の情事の後先を観察していることが馬鹿馬鹿しくなってくる。
 AV見るより、する方がいい、と言い放った友人がいるが、こういうものは、やはり人様のを見るより、自分でする方がずっと楽しいことだろう。

 よおし、次は、きっと誰かに連れてきてもらうぞお!
 
 それにしても、渋谷の真昼のホテル街が、こんなに活況を呈していたとは、不覚にも知りませんでした。
 げに、百聞は一見に如かず、です。
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by law_school2006 | 2006-12-26 21:36
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