エッセイ『クリスマスケーキ』

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 クリスマスイブにケーキを買いに出かけた。
 いわゆるホールのクリスマスケーキではなく普通のケーキだ。

 普段から美味しそうなケーキがショーケースに並ぶ駅地下の食品街は、クリスマスが近づくにつれていっそう華やかになり、普段はダイエットを気にしているケーキ大好きの娘は、クリスマスには食べたいだけケーキを食べるのだ、と楽しみにしていて、一人で10個近くのケーキを選んだ。
  鯛焼きなら夕食前に一度に3個は軽い、という娘は、スイーツ大食い選手権の予選くらいには出られそうだ。

 駅地下の食品街には、有名ケーキ店がいくつも入っていて、イブの今日(って、もうイブはとっくに過ぎたが)は、朝から、どの店のウインドウにも溢れんばかりのケーキが並んでいる。
 各種オードブルがうず高く準備されたデリカテッセンや、高級食材や輸入食材も扱う、やや高級志向のスーパーも入っている駅地下の食品街は、予想通りの混雑ぶり。
 人混みが苦手な私は、雑踏に一歩足を踏み入れただけで、何も買わないうちから、すでに疲れてしまう。

 すでにお目当てのケーキ店はいくつか決まっていたが、少しでも混まないうちにと思い、その中でも一番人気の店に、まず行くことにした。
 店の前に行って見ると、『最後尾はここです』の看板を持ったアルバイト店員が「こちらにお並びください!!」と大声を張り上げ、決して広くないカウンターのなかに立つ4人の売り子が「お決まりの方、こちらにどうぞ!!」とこれまた負けじと大声を張り上げている。
 
 混雑した御食事処でよく見かけるように、前もってお客に買うケーキを決めてもらうべく、クリスマスケーキカタログを片手に、サンタの服を着たアルバイト店員が、早く決めろとばかりに客をせかしている。
 やっぱり、今日はすごいな・・と思いながら、私は、列に並ぶ娘から少し離れたところに立つ。 一緒に並ぶには、場所が狭く、邪魔になるからだったからだ。

 いつも買っている店なので、娘は買うケーキもおよそ決めてはいたけれど、実際にショーケースに並ぶケーキを見ると、「わあ、おいしそう、どれにしよう」と目を輝かせている。

 が、順番が来て、ショーケースの前に娘が立ったとたん、売り子が、すわ急げ、とばかりに「お決まりの方、ご注文をどうぞ!!!」「はい、お次の方!!!」と、大声を張り上げる。
 とても、のんびりケーキを選んでいる雰囲気ではない。
 一刻も早く買わないと、お客さん、迷惑ですから早く決めてくださいっ!と怒鳴られそうだ。

 ただでさえ、雰囲気に飲まれやすい娘は、いや、娘だけでなく私も、「それとそれとあれ、OK、OK,それでいい」と早口になってケーキを選び(選ばせ)、娘は私が手渡した5000円札を大慌てで、売り子に差し出す。

 「5000円のお預かりですっ」と売り子が切り口上でいい、「ご注文のケーキはこれでいいですねっ」と別の売り子が、「いえ、違います」とはとうてい言えない殺気立った仕草で買ったケーキを娘に確認させている。

「あ、はい、いいです・・・」
 
 世間慣れしていない娘は、へどもどとしながらお釣りを受け取り、私は私で、あ、ポイントカード(買い物するたびポイントがつき、溜めたポイントで買い物ができるアレです。)を出すのを忘れたと思ったものの、とても今更「あのぅ、ポイントカードを・・」と言い出せる雰囲気ではなく、こんなにケーキ買ったのにもったいない、とみみっちいことを考えたりする。
 
 そのあと、別のケーキ屋で、特製和栗のモンブランを2個買い、また別の店で、チョコレートケーキを買い、ケーキを買うだけの買い物で、どっと疲れてしまう。 
 
 駅前のこれまた大混雑のアーケード商店街を抜け、家に向かう静かな路地に入ったところで、ほっと一息ついた。

 そして、「いやあ、すごかったね」と娘と顔を見合わせ、そして、初めて、ん??と気付いた。

 ちょっと待って。あの有名ケーキ屋。よく考えたら、ショーケースの前に4人、その横に3人くらいしか、人、並んでいなかったよね。
 最後尾のプラカードを掲げていたけど、よくよく考えたら、そんな長蛇の列が出来てたわけじゃないよね。
 第一、普段のときだって、あのケーキ屋は常時数人の客がケーキを選んでいて、いつもちょっと待たないと自分の順番が回ってこないよね。
 それに、ケーキというのは、みかんのつかみ取りじゃないんだから、一個一個をゆっくり眺めて、選ぶ楽しさ、味わいたいよね。
 そのために、ちょっとばかり並んで待ったって誰も文句言わないよね。

 う~~む、あの殺気立った雰囲気は、一体何?
 さっきはついついそれに飲まれちゃったけど、よくよく考えたら、これっておかしい。
 店員がやたらと大声張り上げるし、客を追いたてせきたてるから、こっちもそれに乗せられたけど、なんかこれっておかしいよ。

 ケーキ自体は美味しいけれど、年に一度のクリスマスの楽しい買い物、あんなに追い立てられるようにして、買うことなんかないじゃないか!

 何かを大きく間違えているような気がする有名ケーキ屋の喧騒と、その喧騒にまんまとのせられ、早く買わないと損をするような気分にさせられ、ひっつかむようにしてケーキを買ったことの馬鹿馬鹿しさが、静かな路地裏を歩くうちに、ひしひしと身に迫ってきた。

 実は、家の近くにもう一軒ケーキ屋があって、駅地下の帰りにはそこでもいくつかケーキを買おうということになっていた。

 駅から20分以上も歩くところにポツンとあるケーキ屋なので、近所の人間しか買いには来ない。
 都内にもう一店店舗があるらしく、ひょっとしたら知る人ぞ知るという店なのかもしれないが、立地条件が災いしているのか、いつも行くたび空いていて、このケーキ屋潰れなきゃいいけど、とひそかに心配している。

 というのも、ここのケーキはひとつひとつが実に丁寧に作りこまれていて、今まで食べたどの有名店のケーキよりも美味しい、というのが私と娘の一致した意見。

 こんなに美味しいケーキ屋がどうしてもっと有名にならないの?
 グルメ雑誌で取り上げて欲しい、と思う一方で、有名になって雑誌片手の人が押し寄せるようになってもらいたくないから、やっぱり有名にならないで欲しい、とも思ったりする。

 すでに大きなケーキの箱をいくつかぶら下げて、店のドアを開ける。さすがに今日は先客がいる。いらっしゃいませ、という店員の声は、でも普段と同じ。
 店内の甘い香りにふわりと包まれ、それだけで幸せな気分になる。

 チョコレート、生クリーム、果物、ムース、宝石のようなケーキが並ぶガラスケースを、どれにしようかと眺めていると、店のドアが開いて、次のお客が入ってくる。と間もなく、また次のお客が。

 あな、珍しや。
 やはり、今日はイブなんだ、と実感する。

 ショーケースの前では、4人の客とそれぞれの連れが何人かいるので、全部で10人以上の人間が、どれにしようかと、ケーキを前にして思案顔。
 どれもこれもが美味しそうで、なかなか買うケーキが決められない。

 だが、店員はもちろん、早く決めろと言わんばかりの「お決まりの方はどうぞっ」などとは叫ばない。
 いつものとおり、いつものように、ゆっくり、のんびり、ケーキ選びの時間が過ぎていく。

これにしようよ、こっちもおいしそう、でもこれ素敵じゃない?これも食べてみたいわね、あら、でもこれもいいわ、そんなに食べられる?平気、食べられる、あら、そう、じゃ、これも買う?そうね、こっちも買いましょう。

 そうやってあれもこれもと選んでいたら、いつの間にか、なんと12個。
 さっき買ったケーキと合わせると・・・ええっ22個!
 
 一体誰が食べるのよ~。

 「大丈夫!全部たべるぅ!」
 娘は満面の笑みだ。

 帰宅後、私は一個、娘は3個、買ってきたばかりのケーキを早速食べた。
 殺気立って買った有名ケーキ屋のケーキは、美味しくはあったけれど、私の心にはひっかかりが残った。

 あの場で売り子に「もう少し、ゆっくり選ばせていただけませんこと?選ぶこともクリスマスケーキを買う楽しみでございましょう?」と、鷹揚に言ってみたら、どうなっていただろうか?
 売り子は、そして多分他のお客も、なんなのこの人?という迷惑顔で、私のことをジロジロ見たことであろう。

 自分のペースを守ること。周囲の喧騒に流されないこと。

 巷はすっかり行く年、来る年、おせちに門松、謹賀新年ムードだけれど、このブログ、遅まきながら、今夜はクリスマス気分です。

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by law_school2006 | 2006-12-29 23:03
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