エッセイ『桜』

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 新学期開始早々、授業をさぼって、花見にでかけた。
 LS生たるもの、授業をさぼるなどということは本来許されないこと。
 だが、授業が始まって早々、チト息が詰まってしまい、ぱあっと花見に出かけたい気分だったのだ。
 
 授業開始日、久々に訪れたLSの自習室。
 春休みの間、自宅から自転車で10分という近さにあるLSの自習室(24時間使える個人机とロッカーがある。ちなみに、専門書が揃っているLS専用図書室も24時間いつでも使える。)にもほとんど行かず、家の用事の傍ら、自宅で勉強していたので、自習室に行ったのは久しぶりだった。
 早速に出された課題。次の授業まで時間があいていたので、自習室の机の上に資料を広げ、私はペンを走らせていた。

 まあ、私が傍若無人であったのでしょうね、きっと。
 ペンを走らせればペンの音がするし、ペンを置けばペンを置く音がする。
 おまけに私は、コーヒーを瀬戸物のマイカップに入れて飲みながら勉強していたから、コーヒーを啜る音や、カップを置く音もする。

 し~~~~んと静まりかえ(ることを求められてい)る自習室のなかでは、かような音は、神経に触るのですな、きっと。
 ご注意を受けてしまいました。
 いや~、まいったな~。

 ま、しかし、確かに音をたてた私が悪い。
 今後自習室で勉強することはやめることにしました。
 で、やめついでに、授業もさぼり、お花見クルーズへとさっさと出かけてしまったのであります。

 横浜の大岡川を上り、川から桜見物をしようという企画。
 主催は、私基準では「合格点」であるところのナイスミドルK氏。
 例の写真展のメンバーだ。K氏に初めてお会いしたのは、昨年の写真展のときだったが、私は短時間しか会場にいなかったので、K氏と言葉を交わす機会がなかった。

 で、今年。
 「いや、どうも、今回はお世話になります」という、くりくり目玉が印象的なK氏の陽気な笑顔を見ていると、私の脳裏にはどうしてもコレが浮かんできてしまうのだ。

 BGMがナイス。けっこう嵌るゲームである。

 で、キントトK氏のご趣味は釣り。
 今回クルーザーが出発した場所も、キントト氏のプライベートな釣り座で、70センチメートル以上のお魚ちゃんが釣れるのだそうだ。
 ピンクのストライプシャツでトラッドに決めて、趣味はカメラに釣りに模型飛行機に自作の真空管アンプに車はジャガーときたら、釣るのはお魚ちゃんばかりでないことは、太陽が東から昇って西に沈むのと同じくらいの自然の摂理というものだ。

 実に分かりやすい。愛すべきオノコである。
 
 で、14名が乗船してクルーザーは、いざ桜見物の川登りへと出発したのだけれど、いかんせん、乗ってる連中は本格的なカメラ野郎ばかり。桜が見え始めたとたん、パシャパシャカシャカシャうるさいことこの上ない。
 しかも、彼らのカメラは、そんじょそこらのお手軽デジタルカメラとはワケが違う。
 私にはどれも同じようにしか見えない箱様のものに、丸いガラス玉がひっついた機械を、ああでもないこうでもないといじくっている。
 ファインダーを覗いては、ひとくさり薀蓄を傾け、シャッター音のわずかな違いにも、いちいち解説がつく。

 そして、ソフトウェーブのロングヘアーを海風にたなびかせ、こちらは今日は身軽にデジカメ持参という女性フォトグラファーにしてからが、供されたおにぎりを、いざ頬張らんと口元に運んだまさにそのとき、突如被写体が目に飛びこんできたのでありましょう。
 黒々と海苔の巻かれた大きな握り飯を迷わず口にパクリと咥え、彼女は両手でしっかりカメラを固定すると、シャッターを切ったのでありました。

 人が真剣に打ち込む横顔は、美しい。
 たとえ、ジャコ入り握り飯を口に咥えていたとしても。

 クルーザーはさらに川を登り、桜が両岸から覆いかぶさるような絶好のロケーションにさしかかった。
 おりしも、一陣の風が吹き、はらはらと舞う花吹雪。
 傾きかけた日の光が、川面にきらきらと反射する。

 カメラ野郎ども+女性写真家一名は、いっせいに立ち上がると、猛然とした勢いで、シャッターを切り始める。

 あら~、綺麗だわ~と、天津甘栗なんぞを頬張っていた私は、その勢いに思わず圧倒される。そして、「ボクは今日は、撮りません」と、クルーザーが出発してからずっとお菓子を食べっぱなしのキントト氏と、思わず目が合う。
 
 すごいですね・・・
 
 フロントデッキに林立し、桜に向かってシャッターを切りまくるカメラ野郎(+女性写真家一名)たちの間で、私は、身をすくめながら小声で言う。
 
 すると、ポテトチップスコンソメ味の巨大な袋の中に手を突っ込み、チップスをつまんで口に放り込んでいたキントト氏は、大きな目をさらに一回り大きく見開いて身をのりだした。
 
 いつもと違う角度なので、燃えるものがあるんじゃあないですか。
 バリバリバリ(ポテチをかじる音)

 
 瞬時に、私の脳裏には、なぜか、桜ではないものがまざまざと浮かぶ。
 そして、思わず品定めの目つきになりそうなところを、笑ってごまかす。

 それにしても、キントト氏。実によく食べる。ポテチに歌舞伎揚げ、天津甘栗に柏餅、チョコレートに揚げもちおかき、ひっきりなしに食べ続けている。
 そして、さらに、お握りやらマリネサラダやらが、キントト氏の「ご家族」と「ご近所の方」が陣取るフォアデッキ側から差し入れられる。

 そう、今日のキントト氏はおうちモード。
 だから、私は、喉元まで出かかる質問を、ぐっと飲み込むのだ。

 「いつもは、そんな風に召し上がるわけじゃあないですよね?」

 起き上がるなりポテチバリバリされた日には、余韻もへったくれもありまっせん。

 川面に広がる花簾を後にして、海に出たクルーザーは、汽車道、コスモクロック、赤レンガ倉庫、と横浜の観光名所を海上から一巡り。
 ベイクォーターまできたところで、私の右隣のごま塩頭の男性が、「ほぉ~、こういうところはウワキの女の人と来るところですな」と唐突に言う。
 飲み続けた焼酎で、ちょっと酔っておられるようだ。

 ちゃっかり聞こえないフリをしているキントト氏を尻目に、ゴマ塩男性が大声で話を続ける。

 「もう、われわれのようなトシになると、そのくらいしか楽しみがなくてね~」

 「いや、まさにそのとおりですなぁ」

 左隣のハンチング帽の年配の男性が、わが意を得たりとばかりにあいづちを打つ。

 「しかし、こんなややこい場所にあるんじゃ、女の人を連れてくる前に、こっちが迷子になっちゃいますな~」

 ごま塩頭が、話を続ける。

 「それじゃ、話になりませんわ、下見しておきませんとな。はっ、はっ、はっ~」

 ご老体らの他愛のない会話に、キントト氏は知らぬ存ぜぬしらんぷりん。
 
 私はつくづく思うのでした。
 
 能ある鷹は爪を隠す。
 
 チョット違う気もするが・・

 そんなこんなで、2時間半。
 クルーザーは桟橋に戻ってまいりました。
 うっかり薄着で出かけた私は、身体の芯まですっかり冷え切り、誰か私を温めて・・と言ってみせたら、「ボクはカノジョに操たててますからダメです」などと、シルバーファンキーカメラ野郎に真顔でお断りされる。
 それなら、アナタにあたためて欲しい・・・と写真家先生を見詰めて見せたら、ハハハハハと高笑いでいなされる。
 ずっと舳先に陣取って、女性フォトグラファーと二人、マニアックなアニメ談議に花咲かせていた、オーナーなのに裏オフ会参加人間(すみません、内輪受けです。)に至っては、「ボクは全然無関係だもん」顔で、何の反応もない。
 
 あのぉ、わたし、マジで寒いんですが~。

 飲みに行きませんかというお誘いを宿題があるものですからと断り、帰宅。
 足を伸ばし湯の温かさに身を横たえていると、身体がまだ揺れてるみたい。

 ゆらり、ゆらゆら、はら、はらり。
 
 こうして、今年の桜の季節が、優しく過ぎてゆきました。

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by law_school2006 | 2007-04-12 00:43
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